体重増加に悩んだ経験から興味をもった「栄養学」

――小嶋さんは管理栄養士と公認スポーツ栄養士の資格をお持ちだそうですね。ご活動について教えてください。

私は埼玉県でアスリートの栄養サポートをする「plus N(プラスエヌ)」という事業団体を主催しています。主な事業内容はアスリートの栄養サポート事業と、スポーツ栄養に関するプロジェクトの企画運営、地域の方の健康づくりに関する事業、管理栄養士の業務改善に向けた栄養コンサルティングです。

具体的には、全日本クラスのトップ選手の個別サポートや、大学スキー部のチームサポート、大学運動部へ給食提供をされている給食委託会社さんの栄養コンサルティング、親子向け料理サイエンス教室など、埼玉県の地元企業様とのコラボ事業を行っています。

アスリートには技術に対するトレーニングと、体力を強化するフィジカルトレーニングの2種類が必要です。栄養は身体を作る土台となり、このフィジカルトレーニングと栄養サポートの連携が必要だと考え、現在は国際資格を持つフィジカルトレーニングコーチとも連携をしてアスリート栄養サポート事業を展開しています。

 

――ご自身もアルペンスキーの選手として活動をされていたそうですね。スポーツ栄養に関心を持たれたのはなぜだったのでしょうか。

私は雪のない埼玉県で生まれ育ちましたが、近くにない海や雪、山に触れさせたいという両親の思いがあったようで、幼少期よりスキーを始めました。その後、中学生から大学生まではアルペンスキーの選手として活動していたのですが、その頃、思春期特有の体重増加と体型変化に悩まされました。

水を飲むだけでも太りそうだと思うくらい体重が増えて、重い月経もつらかったため、「パフォーマンスが悪いのも、体調が悪いのも、全ては体重が増えたせいだ」と考えて、食べる量を減らし10キロ近く減量したのです。

でもその減量はパフォーマンス向上にもつながらず、「こんなにがんばったのにどうしてうまくいかないのだろう」とショックでした。その後、私はもともと食べることが好きでしたし、スポーツとの関連も気になり、高校生の頃から栄養士の資格取得を目指しました。

栄養学が最も活かせる場所は病院だと思い、大学卒業後の約10年は栄養士として病院に勤務しました。その後、私が指導を受けていたスキーのコーチから「体重変化や食事に悩んでいる選手がいるので、栄養サポートをしてほしい」とお声がけがあって、病院勤務と並行してアスリートサポートを始めました。

 

「成長スパート」で十分に体を成長させることが重要

――本日は中高生に必要な栄養素や運動部の子どもに必要な栄養について伺います。その前に、そもそも子どもの体はどのように発達していくものなのでしょうか?

身体の基礎をつくる発育発達期、主に身長が伸びる時期にスポーツに真剣に取り組むアスリートのことを「ジュニアアスリート」と呼びます。この時期に体を十分に成長させることが、その後の活動にとって非常に重要です。

「スキャモンの発達・発育曲線」を参照すると、小学校に入る前くらいまでに目や動体視力などの「神経系型」、免疫力を向上させる「リンパ系型」が100%近くまで成長します。

一方、「一般型」のいわゆる骨、筋肉、生殖器系型が伸びるのは中学生~高校生の間です。生殖器の成長には脂肪が必要で、脂肪には体温を守る、ホルモンをつくるといった大切な役割があります。

成長期における骨の急激な伸びのことを成長スパートと言います。女の子は9歳頃から始まって11歳頃がピークとなり、男の子は11歳頃から始まってピークが13歳頃となります。成長スパートの開始年齢は人によって4~5歳は異なるとされているため、小学生から大学1年生頃まで、つまり中高生の時期に成長スパートが現れることが多いです。

成長スパートの始まりには、身長の伸び率が少しだけ減るというサインがあります。その後に大きく伸び、ピーク前の2年間とピーク後の2年間、合計4年間成長スパートが続くと言われています。

でも大人が「最近大きくなってきたね」と気付くのは、ピークを少し過ぎた頃です。その後の伸びる時期は残り1年ほどしかありません。体づくりにおいて本当に大切なのは、ピークの前からなのです。

成長スパートの始まりを把握するためには、3ヶ月に1回ほど身長を計るのが理想ですが、身長の変化はわかりにくいと思います。そこで役立つのが体重計測です。身長が伸びるのは骨が伸びるということですから、骨の重量が体重に反映されます。

体重なら毎日でも比較的測りやすく、食事などの影響を受けにくい「起床後・朝食前・排尿後」のタイミングで測り、記録していくのをおすすめします。

 

運動部の子どもは「エネルギー不足」に要注意

――運動部の子どもに必要な体づくりについて教えてください。

体をつくるためには、運動の有無にかかわらず「栄養」「休養」「運動」の3要素が重要で、競技をする場合には各競技に特化した体づくりが必要です。そして食事の基本は、食事の「量(カロリー)」と「質」を両方満たして、ベストタイミングで食べることです。

試合で勝つためには、当日の緊張に打ち勝って、誰よりも高い技術を発揮する必要があります。でも技術は試合当日にいきなり高まるものではありません。学校のテストも大人の仕事も同じですよね。

いかに高いレベルで技術練習ができるのかは筋肉量や瞬発力など、毎日の厳しい体力トレーニングで鍛えた体によって変わってきます。つまり、しっかりとした体を作ることができれば、より高い技術練習ができることになります。

国際オリンピック委員会から、食事は競技成績に大きく影響するという合意声明が出されています。アスリートは運動量が非常に多いため、エネルギー供給量が少ないと運動能力やトレーニング効果が低下し、脳や生殖器の代謝、免疫力にも悪影響を及ぼすと明記されているのです。

しかし「アスリートには特殊的な食事が必要」というわけではありません。普通に入手できるさまざまな種類の食品から適切なエネルギーを摂取していれば、必要な糖質・たんぱく質・脂質、微量栄養素を摂ることができます。

 

――運動部の子どもの適切なエネルギーとは、どう考えれば良いでしょうか。

成長期のエネルギーは、「生きるため・生活のためのエネルギー」と「発育・発達のためのエネルギー」として使われるのが基本で、ジュニアアスリートの場合はこの2つに加えて「運動で使うエネルギー」が必要です。

ただトップ選手になったり、厳しい部活動に所属していたりして運動量が多すぎると、本来は発育・発達のために使われるはずのエネルギーが運動のために使われてしまいます。さらに生きるため・生活のエネルギーも減ってしまうと、怪我や体調不良を招く要因となります。

しっかり食べることはもちろん大切ですが、食べる量には限界があります。身体活動量が原因でエネルギー不足にならないように、部活動の指導者の方も子ども1人ひとりの調子を整えながら活動していただければと思います。

 

化学反応が体をつくる。「5つのお皿」でバランス良く食事を

――運動部の子どもに必要な食事について教えてください。

体を乗り物に例えると、タンパク質がボディーで、炭水化物・脂質がガソリン、ビタミン・ミネラルはオイルです。食べたものは消化・吸収の過程で分解・合成され、糖質や脂質からエネルギーを生み出す過程でビタミン・ミネラルが必要となります。

私たちの体は化学反応の連続で生きていて、その原則は「量が少ない物質に合わせる」「必要な量しかつくらない」という2つのルールです。

たとえば水の化学式は「H₂O」で、H(水素)が1つ欠けてしまったら水はつくれません。同様に、タンパク質とビタミン・ミネラルから筋肉がつくられる「筋タンパク質合成」という化学反応でも、お肉に対して野菜の摂取量が少なかったら、つくられる筋肉が減ってしまうのです。

体が行いたい化学反応ができるように材料を提供する必要があり、それが「バランスよく食べる」ということです。

 

――栄養素どうしのバランスが重要なのですね。具体的にはどのような食事を心がけると良いのでしょうか。

私は食事の基本スタイルを「5つのお皿」と呼んでいます。ご飯・パン・麺などの主食、肉・魚・卵・大豆製品などの主菜、野菜・きのこ類・海藻類などの副菜、乳製品、果物です。

運動量が多くないお子さまであれば果物・乳製品は1日1回で十分ですが、運動部のお子さまは毎食摂るのをおすすめします。

また、骨量のピークは中学生ぐらいの20歳前までに起こりますので、カルシウムと、カルシウムの吸収を助けるビタミンDの摂取が必要です。骨量を貯めておく時期を過ぎると骨量は下がっていってしまうので、給食の時以外にも牛乳を飲むのがおすすめです。

高校生は筋肉量が増え始める時期ですが、親から手が離れる時期でもあります。コンビニで食事を買うなど、自分で選んで食べる場面が増えると思いますので、自己管理が大切です。特に女の子はやせ願望が強くなる時期ということもあり、エネルギー不足には注意が必要ですね。

成長期の食事のキーワードは糖質、タンパク質、そして鉄です。骨が大きくなると血液循環量も増えます。血液は体を動かすときに酸素を運んでくれる大切な存在ですので、鉄分・カルシウム・ビタミンの摂取を心がけていただけたらと思います。これらの栄養素が不足してしまうと疲労骨折や貧血につながりますのでご注意ください。

 

練習前・練習後それぞれに適した「補食」が必要

――補食(必要な栄養・エネルギーを満たすために食事に加えて食べるもの)選びのポイントも教えてください。

厚生労働省が発表している「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、トレーニングをする男の子が一日に必要とする栄養量は3,000kcalを超えます。女の子でも2,500kcal程度は必要です。

このカロリーを一日3回の食事に分けて摂ると、1回の食事で800~1,000kcalぐらい摂ることになりますが、なかなか大変です。そこで、食事で摂り切れない栄養素を適切なタイミングで食べる「補食」が役立ちます。

補食のポイントは低脂肪であること、必要な栄養素を補えること、そして手軽で携帯しやすいことです。部活の練習前はガソリン補給の意味を込めて、バナナやようかん、カステラなどの糖質を中心とした補食がおすすめです。消化・吸収のために、固形物なら運動の1時間前までに食べ終わると良いでしょう。

練習後は傷ついた筋肉を補強するために、2時間以内には、糖質とタンパク質の補給が必要です。これは、エネルギーがしっかり入ってないと、タンパク質がエネルギーとして使われてしまって、本来の仕事である筋肉の生成ができないからです。

タンパク質と糖質を両方セットで食べることで筋肉量が増えるという実験結果も出ています。練習後には、ハム入りサンドイッチや鮭おにぎりなどがおすすめです。

おにぎりやサンドイッチなどの固形物が食べにくい場合には、フルーツヨーグルトや、バナナと合わせたヨーグルト、牛乳と一緒にカステラなどが良いでしょう。コンビニで売っている冷凍ブルーベリーや冷凍パインと牛乳でスムージーをつくっている子もいます。

 

――逆に補食として避けたほうが良い食べ物はありますか?

食べてはいけないものはありませんが、デニッシュパンのような油が多いものはおすすめしません。補食の後は時間があまり空かずに夕食が待っていますので、脂肪分を多く取る必要がないためです。3食でバランスよく食べていれば、脂肪はお肉や魚からしっかり摂れます。

ちなみにサプリメントについてよく聞かれるのですが、トップアスリートになればなるほど、サプリメントやプロテインよりも食事に気を遣っていて、食事から必要な栄養を摂っています。サプリメントはあくまでも栄養「補助」食品であり、食事で摂りきれないものを補うためのものです。

アスリートの場合はサプリメントを変えたらドーピング検査結果が陽性になってしまったという残念なケースがありますので、すぐに頼るのではなく、どうしても必要な場合のみと考えていただけたらと思います。

そもそもドーピングが禁止されているのはアスリートの健康を守るためですので、できる限り通常の食事を整えていただくのが良いと思います。また、利用を検討する際には、スポーツドクター(医師)、薬剤師、公認スポーツ栄養士といった専門家へぜひご相談ください。

 

朝食習慣は大学受験にも影響する

――その他、毎日の習慣について意識すると良いことはありますか?

ぜひお子さまも保護者の方も、朝食をきちんと召し上がっていただきたいと考えています。厚生労働省の国民健康・栄養調査(令和元年)によると、朝食の欠食は中高生の時期から見え始め、全体の2割くらいの方が食べていないという結果が出ています。

私が病院勤務をしていた頃も、「高校生くらいから食べなくなっちゃって…」とおっしゃる大人の方がたくさんいました。

でも朝食を抜いた2食で一日分のカロリーを摂取しようとすると、1回の食事の量が多くなりすぎてしまいます。1回の食事で消化・吸収できる量には限界があるため、限界を超えてしまうと食べたものが体脂肪として蓄積されてしまいます。筋肉を鍛えて体脂肪を減らしたほうが動きやすくなるはずですが、それと逆のことが起きてしまうのです。

体脂肪蓄積量が増えてしまう食事スタイルだと、年齢を問わず生活習慣病のリスクも高まります。お子さまの朝食を見直されるときには、ぜひ保護者の皆さまご自身の朝食も見直してみてください。日の光をしっかりと浴びて朝食をとることで、脳と体内にある体内時計もリセットされます。

 

――カロリー摂取の意味でも生活リズムをつくるうえでも、朝食は重要なのですね。

そうですね。さらに東北大学の調査によると、朝食習慣と大学受験の合格率は比例関係にあるとされています。朝食をとることで生活リズムが整い、日中の活動量が増えることで集中して勉強できるといった効果があるのではないでしょうか。

 

しっかり休むこともパフォーマンス向上につながる

――食事以外の生活習慣について、気を付けると良いことはありますか?

パフォーマンス向上のためには、十分な時間と質の睡眠も大切です。アメリカのバスケットボール選手が睡眠時間を増やしたらスコアが上がったという実験結果も出ています。

アスリートは「平日と週末の就寝および起床時間をなるべく一定に保つ」「入眠を妨げるので就寝前の光暴露を避ける(テレビ、スマホ、タブレット)」、「就寝前少なくとも30分は静かにリラックスする環境で過ごす」といった睡眠衛生指導を受けています。

寝る直前まで運動をしていると交感神経が優位になってしまうため、運動は就寝の 2 時間前までにしましょう。昼寝に関しては午後 15 時頃までに 30 分程度が良いとされています。

運動に力を入れていると休みなくトレーニングしたくなってしまうかと思いますが、スポーツ庁は運動部の活動に関する総合的なガイドラインに基づいて、適切な休養日の設定も呼びかけています。

 

トップ選手は自己管理能力が高い。子どもの自立に向けてサポートを

――最後に、お子さまの運動・部活動をサポートする保護者の方へメッセージをお願いします。
 
子どもの発達・発育や栄養についてお伝えしましたが、お子さまにとって一番の良き理解者は保護者の皆さまですから、日々成長を感じ、サポートしていらっしゃると思います。
 
でも段々と成長して、様々な環境の中でアスリート活動を続けていくには、食事も生活リズムの管理も、全部お子さま自身でやっていかなければなりません。私はこの仕事を通じてたくさんのアスリートと接するのですが、トップ選手であればあるほど自己管理能力が非常に高いと感じています。
 
お子さまがいつか一人前の大人として自立できるように、少しずつ、食事の量や内容を一緒に考えるようにしてみてください。保護者の方と一緒にいる時期でないと教えられないことがたくさんあると思います。
 
お子さまが小さければまずはお皿を並べる、電子レンジでおかずを温める、お米のとぎ方や包丁の使い方を覚える  といった簡単なことからで大丈夫です。中高生になれば補食ぐらいは自分でつくれると良いかと思います。
 
また、お子さまの体の不調やちょっとした変化は本人しかわかりませんので、日頃から様子を確認してみてください。お弁当の量はどうだったか、どんなものを食べたら暑い夏も調子良く過ごせたかを聴く などして、コンディション管理や試合当日の食事に生かしていただけたらと思います。
 
お子さま本人も、自分の体が今どんな状態なのかを考え、コーチやサポートスタッフに伝える習慣がつくと良いですね。
 
 

――日頃から子どもの様子をよく観察し、食事や生活の管理を習慣化していくことが大切なのですね。

フィジカルトレーニングコーチのみなさんは「筋肉の強化は土台となる体に薄いベールを1枚1枚重ねていくということ」と話しています。食事についても同様で、食事内容を変えてから効果が出るのにも最低3ヶ月はかかります。地道な努力が必ず実を結びますから、栄養が摂れる食事を毎日続けてみてください。

運動でも勉強でも「コンディションを整える」ことが大切です。コンディションの良し悪しはパフォーマンスのベースとなりますので、ぜひできることから続けていただけたらと思います。

 

[プロフィール]
小嶋 理恵子(こじま りえこ)

公認スポーツ栄養士/管理栄養士。約10年以上の病院での臨床経験を経て、2020年1月にアスリート栄養サポート事業団体plus Nを創設。全日本スキー連盟クロスカントリースキーチーム、埼玉県彩の国スポーツ推進パートナー、大学スキー部、陸上、トライアスロン選手など、幅広い競技の栄養サポートをフィジカルコーチと連携しながら行なう。将来の体づくりの基本となるジュニア期の食事の大切さを3 人の子育てを通して改めて実感し、ジュニア競技者育成の活動を積極的に行っている。